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両性具有の娼婦の手記〈2〉

両性具有の娼婦の手記〈2〉

「鼠蹊動脈って知ってる?」

「こんなところよりもよっぽど」
と、「こんなところ」であるところの左手首を掴まれた
「確実にイけるよ」
そう言って、男は手首を掴んでいた手を
わたしの足の
内腿
に移動させ
指を横に引いた
爪の白い軌跡が残る
男の骨張った指が内腿を伝って
そのままわたしの胎内にそろそろと這い上がってきた
男の言う事は真実であった
わたしは男の指で果てた



その男は医療の道を志しているらしい若い男であった
「昔から、人体の仕組みとか興味があるんだ」
学究の徒らしい几帳面な指がわたしの双花をなぞる
なるほど
思うに
幼児期の分解癖
が抜けきらぬ者が
このような芸術的な職につくのだろう
この男は数え切れぬ程の玩具を好奇心に任せて壊してきたに違いない
躯を沈め
わたしの器官を無心に探る男を見下ろしながら
そのように思った

そのうちわたしの躯も解体されてしまうかもしれない
快楽に身を任せているうちに その手がメスに代わり
ソケイ動脈とやらを切断する日も近いだろう
男の痩せた肩ごしから汗ばんだ吐息が流れ込んでくる
耳朶にかかる湿った息がわたしを欲情させる

瞬間

紅い髪の男の 寂しそうな横顔がわたしの脳裏によぎり
昇りつめるわたしの邪魔をした
わたしは幻影を無理に引き剥がし
下腹部に意識を傾けた
ああ
なんて

キモチイイ

ソケイって何
分解癖を有する男に聞いてみた
「ネズミのこと」
ふうん、……
左手首にはカエルが棲んでたけど
「カエル?」
うん、カエルの腹みたいな……白い膜
「ああ、……筋肉に届いていなかったんだろ」
衣服を素早く身に纏いながら男が応えた
わたしはこの男の 理知的で理性的なものの言いようを好ましく思っていた
セックスをする時もさ、俺ってカエルみたいだよね
「……は?」
仰向けになって、脚を開いたカエル

ゲコ
     ゲコ
        
    ゲコ

「……ククッ……なんなら、今度解剖してやるよ」
そう言って男は金を置き部屋を出ていった

六千ルク
躯を重ねる毎に渡す金が減っていっている事実はだがしかし奇妙にわたしを安堵させた
わたしの存在が軽やかになる
どんどんどんどん軽くなって
この紙幣のようにペラペラになる

お金になれたら
世界中の人間に

真の意味で愛されることだろう

だが

解剖されるのはごめんだ

恐ろしい勢いで赤い海が流れ出る恐怖
恐怖
恐怖
叫ぶことすらできぬ
恐怖



恐怖が躯に齎す
絶望的な





心が感じる孤独とは比べ物にならぬ程の
重くて冷たい
肉の孤独

人は

死ぬことそのものを恐れるのではなく
命が流れるその感触をこそを最も恐れるのだと
初めて躯で理解したあの日

赤い海は 温かい
けれど
器を失った深紅の液体は急速に命を失い
氷よりも冷たい別の生き物に変わる
あの美しい鮮紅色の花は
躯内に収まっているからこそ
温かく
人を包める

〈ラ・ルーナ〉の 澄んだ広い蒼穹を見上げた

あの日も こんな空だった
逸らされた視線も距離を巧妙に保った憐れみも
わたしにとっては全てが嘘でありまやかしであった
理性すら凌駕するあの圧倒的な傍観者たる空だけが
わたしにとっては真実であり全てであった

わたしはだから

己を破壊する代わりにセックスをしているのだ

紅い髪の男に逢いたい
あの男なら
確実に
わたしの希む形で
わたしを殺してくれるだろう
逢いたい
あの男に
あの男の肉に
あの男の臓器に
あの男だけが創れる温かくて赤い臓物の海に溺れて
沈んで
そのまま二度と目醒めたくない

それは、恋愛だった。

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