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セイレンの向日葵のお話し

セイレンの向日葵のお話し

〈STORY〉

セイレンは不器用な子でした
何をやらせても必ずどこかに綻びがあって
それはセイレン本人にとっては克服すべき短所だったのかもしれないけれど
私にとっては 庇護欲を煽り立てる以外の何ものでもないいじらしいものでした

けれど私は 孤児院の院長としての立場を越えた接し方をしてしまった為
彼女を深く傷つけてしまいました
それが一年前の出来事
以降 彼女の不器用ないじらしさを補うのは
私ではなく一人の聡明な少年の役割になっていきました

向日葵の種を 皆に配りました
終わりを迎えた生活の名残 以前の住居で育てていた向日葵から採取した種でした

ノアに アルシュに 大事でかけがえのない 一人一人の子ども達に手渡して

「はい、セイレンも。向日葵が生まれてくるといいね」

セイレンの小さな手の平に ポツンと
セイレンは 恥ずかしそうに 照れたように
けれど 大事そうに 愛しそうに
私が手渡した向日葵の種に 眼差しを注いでいました
そんなセイレンを アルシュは奇妙な程の無表情で 見つめていました

セイレンは不器用な子でした
何をやらせても必ずどこかに綻びがあって

セイレンが蒔いた種は 発芽しませんでした
他の子ども達が 子葉の大きさを競っている中
只一人 セイレンの鉢だけが 黒い土に覆われて

「先生、すみません。向日葵の種、分けて頂けませんか。その……出来たら、僕に選ばせて欲しいんですけれど」

そんなセイレンの様子を見かねたのか ある日院長室にやってきたアルシュが 神妙な顔でそのように言うので
私は残り全部の種をアルシュに手渡しました
院長室を後にしたアルシュの背中を 私はどのような気持ちで見つめていたのでしょうか

「芽は出てきましたか?」

セイレンの鉢は 相変わらず真黒なままでした
アルシュが知恵を絞って選んだ種ですら 何も芽吹かずに

「土を被せ過ぎたのかな」

土をそっと選り分けました
種の手応えに 違和感を覚えたので 土から掻きだしてみました

……種は腐っていました
腐乱し ぐしゃぐしゃになり 腐臭さえ放って

私とアルシュは息を呑みしばらく言葉を発することが出来ずに
セイレンは 寂しそうに その種を 見つめていました

セイレンが蒔いた種は ことごとく発芽しませんでした
次の年も その次の年も そのまた次の年も
セイレンはそれでも毎年毎年 種を蒔いて その度に 愛しそうに眼差しを 注ぐのでした

ある年のこと
セイレンが十四歳の時だったでしょうか

「ねえ……アルシュ、俺も向日葵の赤ちゃんが欲しい」

セイレンがアルシュの胸に顔を埋めていました
甘酸っぱい声で アルシュに何かをねだるように
アルシュは奇妙な程の無表情で セイレンを抱き寄せるでもなく
只 静かに セイレンを 受け止めているだけでした

私はそっと その場から離れました
見なかった振りをして 聞かなかった振りをして
二人が交際を始めたのはその次の年のことでした

セイレンは不器用な子でした
何をやらせても必ずどこかに綻びがあって
彼女が蒔いた種は そうして 一度も 発芽することは なかったのでした

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