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……and

……and

〈STORY〉

蜂蜜入りの紅茶に ハーブのクッキー
日替わりのドレスに 格式の高い使用人
わたくしが生まれた時から わたくしの周りにあったもの
わたくしのすべてで わたくしの世界

クロアードが
「外の世界は見なくていい」
っていうんだもの

彼がいうことなんだもの
間違いはないわ
逆らう気もない

だって一歩お外に出れば いろんな人の想いが

わっ

って頭の中に入り込んでくるんだもの

え?

普通の人はそんなことはないって?

だけどそれがわたくしの普通なんだもの
わたくしはそれを第三の窓と呼んでいるわ
閉じることもできるんだけれど
気を抜くとすぐに開かれてしまうの
鍵のかかっていない窓と一緒

ほら お外は風が吹いているでしょう?
パッタパタ
だからわたくしの第三の窓も ひっきりなしに開いたり閉じたりってわけ



それはそうと
〈イ・ソル〉の聖王も 第三の窓を持っていらっしゃるわね
赤ちゃんの時に一度だけ あの方のご尊顔を間近で拝見したことがあるわ
え?
どうしてそんな生まれたばかりの頃の記憶があるのかって?
だからそれが第三の窓というやつなの
うふふ
わからないって?
いいのよ
わたくしにもわからないんだから

あの方はあれでどうやって世界と渡り合っていらっしゃるのかしらね
一度だけでいい
〈イ・ソル〉の聖王とお話をしてみたいものだわ

『人の本質を見つめてばっかりでお疲れにならないのですか』



第三の窓が開かれている時
わたくしは自分が女の子じゃないと 感じることが多くなるわ
女という性別が剥がれて
自分が限りなく骨と一体化していくような感覚を感じるの

そうなるともうだめね
感情が摩耗して
世界が紙切れのように感じられて
ほんと つまんない
しんどいのよ
ああいう世界観は

あなた知っていて

性別は人の本質を決定づけるものではないのよ
それもまた枝葉の部分
肉の部分に過ぎないの
骨と断じるには性はあまりに生々し過ぎるのよ
それ即ち本質の素っ気なさとは程遠い
だから本質というのは
性差を排除したその先にあるものである

なーんて
忘れてちょうだい
独り言よ
独り言

だからわたくしは 女の子である自分というものを全力で楽しんでいるの
本質から一歩も二歩も十歩も遠ざかって
お菓子やドレスや使用人や
とにかく何でもいいんだけれど
そうしたふわふわしたものだけを見るようにしているの

わたくし達女は 難しいことは考えずに
男に甘えていればいいのよ
そうすれば男が 全部勝手に世界を動かしてくれるから

ああ 女の子でいることってなんて楽で幸せなの!



それはそうと あなた
これはここだけの 秘密なんだけれど
実はわたくし お父様の記憶を持っているの
想い出?

いいえ 違います
お父様と一緒に過ごしたことなんて ないのですもの

わたくしが持ち合わせているのは お父様自身の記憶
お父様自身のこと
お父様自身の

『歴史』

え?
どうしてそんなことを知っているのかって?
うふふ
だからいったでしょう
第三の窓というやつよ

その窓が開く時
お父様の歴史もまた 開かれるのね
うふふ

〈イ・ソル〉の聖王と一緒よ

なんて
今のは冗談よ
忘れてちょうだい

お父様は いけないわね
気苦労が堪えなかったのじゃないかしら
あの方は 〈本質探し遊戯(ゲーム)〉に嵌ってしまわれて
人生を 台無しにしてしまわれていた節があるわね
本質を追求すればするほど 現実から乖離していくってことが
どうしてわからなかったのかしら
本質は真実ではあるのかもしれなけれど 現実ではないのだもの

のべつまくなし他人に 本質なんて突きつけていたら
そりゃ その人間は逃げていってしまうってものよねぇ
だからお父様は 人と上手く関係を築くことができなかったのよ
そりゃ 月のあの方の〈罠〉にも掛かってしまうというものだわ

それは 生きるのに苦労するはずよ
だからあんな最期をお迎えになったのよ
この温室が緑色を保っているのが不思議なくらい
クロアードも大変だったでしょうね
『後始末』をするのは

人と接する時は
本質の一歩手前
ううん二歩も三歩も十歩も
何だったら百歩(!)も手前で
お話しなきゃ
ふわふわしたもので満足していなきゃ

だから疲れるのよ
人と接するのは
常に第三の窓との闘い 自分を常に監視してなきゃいけないから
そりゃ笑っているしかなくなるってもんだわ

だからわたくしは頭が足りないっていわれるのね
だって馬鹿にならないと 人の本質が流れ込んできて
立ち行かなくなってしまうんですもの



わたくしはクロアードが何を考えているのか 手に取るようにわかるの
あの男は 自分の理想をお父様に投影していたのね
自分自身もああいう人間になりたい
自分自身こそが 〈ラ・ルーナ〉の頂点
シビュ・ラ・ルーナ家の当主なのだと
だからお父様と自分を一体化しようとして
でもそれが叶わなくて
(ほら お父様ってわたくしと違って 隙がない感じじゃない?)
だから温室が緑色じゃなくなったあの時
何かが 「ぷっつん」って なってしまったのね
ある意味では安心したんじゃないかしら
だって自分自身を投影する 最大で最愛の

〈障害物〉

が消失してしまったのだもの
そこに 赤ちゃんのわたくしの登場でしょう?
(それって無防備なお父様ってことかしら?  うふふ!)
そりゃ 積年の想いも 振り切れてしまうってものじゃないかしら
あんな 糞真面目な人間だったら

やだわたくしったらいけない
言葉のあやってやつよ
本気にしては だめよ




それはそうと
クロアードが呼んでいるわ
蜂蜜入りの紅茶に ハーブのクッキー
日替わりのドレスに 格式の高い使用人

今日の紅茶のフレーバーは何かしら?
わたくしにも気分ってものがあってよ
さあ 今日もクロアードは正解のフレーバーで紅茶を入れてくれるかしら?
今のところ外れなし
だからわたくしはあの人が大好き
大好きよクロアード
だから今夜もよろしく ね
お前が何を望んでいるのか本当は識っているけれど
知らないふりをしてあげる
十八歳のお誕生日までは
約束よ
クロアード

うふふふふ!

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